"自閉症とラノベの社会学"

http://www.koyoshobo.co.jp/booklist/11650/


自閉症というか、ASD自閉症スペクトラムというか、オレオレ用語で言わせてもらえば、非定型発達者*1現代社会で生きづらさを感じることになる。

「古臭い人間と思われるかもしれませんが、私が若かった1950年代、1960年代のおとなは、今のおとなよりきびしい社交のルールを守っていました。それは、自閉症スペクトラムの子どもにとって、いいことだったと思います。ルールはわかりやすく、しかもきびしく守られ、自閉症の人の何事も厳密に受け止めるという考え方によくあっていました」(グランディン、2010,170P)

P7
画一さを要求する学校・社会が弱体化し、それによる抑圧は解消したが、個人個人の小集団において、その場のルールを把握する必要が生じてきた。それは、ある種の人にとって負担となる。ラノベのキャラ同士の交流の中に、このような人と社会との軋轢と解消を読み取っていく、そんな本であり、中西氏の『シャカイ系の想像力』をツールにラノベを読み解いていくっていう雰囲気なので流し読みするには面白いけど、『シャカイ系の想像力』を先に読んだほうが良さそうな気もする。

日常系ラノベは一見すると、大きなシャカイの現実から目をそらせて、身近な日常の些事にのみ自己限定しているかのようです。つまりこれらの作品は「社会的現実にたいする関心の衰退を示すもの」であるように見えます。
 ですが中西によれば、事情はむしろ逆です。日常系ラノベの背後にあるのは、土井や草柳が指摘するような、関係性への畏れと敏感さです。日常系ラノベとは、「留保-韜晦の話法」という特殊なやり方で、社会の厳しさを生き延びるための道を日常の中に見出そうという試みです。
(中西、2011、158P)

P14
と、このへんは面白い指摘だが、これまんま中西氏の言葉だし。

徹底的に空気が読めないキャラクターを配することによって、空気を読み合うことで成り立っている現実を別のすがたに変貌させる手法

P16
として、『ジコチュー』キャラが選ばれるが、作者が注目するのはそちらだという。
中西氏は、その代表としてハルヒを取り上げたが、筆者はそのハルヒキョンの関係に、これまで共存してきた、発達障害者と定型発達者の関係を見ている。(P26のあたり)



あとはまあ、いくつかのラノベを題材に、社会学的な寸評を加えるって話ね。

微妙に追記

この書籍では、いくつかの作品のヒロインを取り上げているが、代表たるハルヒを下記の「積極的奇異型」に分類している。

アスペルガー障害を含む連続体の自閉症スペクトラムでは一般的に、『対人関係の苦手意識・コミュニケーションの障害や対立』が問題になりやすいが、“自閉症の3つ組”などの自閉症研究で知られる精神科医のローナ・ウィングは自閉症の対人関係パターンを以下の3つの類型に分類している。

1.孤立型……他者への興味・関心が殆どなかったり、知的障害や知覚過敏の症状があったりすることで、『他者との人間関係・コミュニケーション』を避けようとするタイプ。他者と関わろうとする動機づけが弱くて、『自分ひとりの孤立した状態(他者に関わらなくても良い状態)』に安心感・居心地の良さを感じ、無理にコミュニケーションを取られると知覚過敏で興奮してパニックに陥りやすい。自閉症の中では比較的重症の事例であり、知的能力も低いことが多い。

2.受動型……自分から積極的に他者とコミュニケーションをしたいわけではないが、他者から話しかけられたり質問されたりすれば、受身の態度で会話に答えることができるタイプ。

孤立型の自閉症児の早期療育によって受動型に移行することも多いとされるが、『受動的なやり取り・受け答え』で一般的なコミュニケーションがある程度可能なので、特別支援学級の学校生活や指示を受けて作業をする職場への適応が良くなる。知的障害を伴わない自閉症者も多く、知覚過敏によるパニックも比較的起こりにくい。

3.積極的奇異型……自分から積極的に他者とコミュニケーションをしたがるのだが、その関わり方・話し方・声の出し方が奇異であったり支離滅裂であるために、コミュニケーションの障害や感情・気分の対立によるトラブルが起こりやすいタイプ。

http://charm.at.webry.info/201403/article_6.html


それが正しいのかどうかさておき(さておくのか)、ヒロインによる空気を読まない行動を、空気の読み合いで拘束された現状を打破する突破口とし、なおかつ既存の社会との橋渡しの役割を果たすことでヒロインにとって特別な地位を占める主人公っていうのが、どういう願望から出現するのかちょっと気になる。

*1:だれかこの用語使ってなかったっけ?