"「うちら」の世界"

http://lkhjkljkljdkljl.hatenablog.com/entry/2013/08/06/155425
えー、
「狼とか犬とか、動物は喧嘩しても相手を死に至らしめないストッパーが内蔵されている。人間は、道具を発達させ、それは内蔵されたストッパーを機能させない」っていうお話がある。


素手で他人を殴り殺せない、絞め殺せない人でも、
「ぼく、ミサイルを作る人」「わたし、ミサイルを設置する人」「おいら、攻撃を決める人」「俺、ボタンを押す人」って分業すると、ホイホイ自分の仕事に邁進できるってやつ*1


たぶん、どちらさまでも、車座になった仲間の間に制服警官がいたら無免許運転を自慢しないだろうし、職場で店長が見張っている時には、ショーケースに入ったりしないだろうなと思う。目の前に野球の監督がいたら、「下手な采配しやがって。辞めろ」とは言わないだろう。技術の発達で、距離感を錯覚しやすくなった、っていうのがひとつ。



あと、ピラミッド型のヒエラルキーとか、同心円上のコミュニティーとか、そういうわかり易い社会から、「うちら」と、システムとその向こう側、っていう、例のセカイ系な社会へ変化してるのかなと思う。道路があって、土手があって、河原があって、そして川があって落ちるとドボン、じゃなくて、一面の氷原で、どこでも行けそうで、でも、所々薄い所があって、うっかり落ちると即死っていう、ダークナイト ライジングだっけ?そんなの。

*1:最前線で、「うわー!来るな〜来るな〜 と自動小銃を乱射する人」「彼らの間で、冷静に敵兵を撃ち殺すナチュラル・ボーン・キラーな狙撃兵」あたりで分業は完成っぽい