味噌味、しょうゆ味

http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070703/1183433543
 なんかエントリーをみる。
 味噌っぽく、しょうゆっぽく、意見を考えてみた。
 ちなみに、塩味だとこんな感じ。



 旧石器時代にヒトは遺伝子的に完成しており、そこからの変動はほとんどない。


 ヒトの、外界・他人・環境に対する基礎的な反応は、時代・人種を問わず、差がないものと思われる。喪失に対する悲しみ、交流の喜び、など。


 この、現代ヒトの心性を基礎とし、最適化されたものが、各地に存在する村であり、国であり、家族であろう。


(この間、論理の飛躍あり。面倒なのでこのまま)


 利益共同体に最適化された原理が、男性原理として男性に教育されることとなり、血縁共同体、家族に最適化された原理が、女性原理として女性に教育されることとなった。もちろん、生物学的差異は存在するため、生物学的性と社会的性の厳密な区分は困難である。


 つまり、引用の記事は、男性原理でつくられた会社では、男性原理が求められる、という、ある種トートロジーである。



 塩味だとこんな感じ。
 会社の原理を絶対化し、会社に適合しない女性原理、展開にすれば味噌味になるし、暗黙の男性原理を糾弾し、第三の規範(を公平な規範と呼んだり)すれば、しょうゆ味になるかも。