http://d.hatena.ne.jp/crow_henmi/20051104#1131116488

BLACK LAGOON」における「殺人」の描写は、一定のコードと美意識に則っている。そのため、コードの解析が「BLACK LAGOON」の作品理解の中核になる。
主要登場人物は、全てデラシネであり、拠って立つべき大きな物語を喪失している。
世界(コスモス)が混沌(カオス)としているからこそ、自らに厳密なコードを課さねば世界の秩序化(ノモス)は不可能である。「そうであるとしても」「そうであるがゆえに」コードによる秩序化を徹底しなければならない。
ところで「不殺」というのは、コミュニケーションの可能性、あるいは己の全能性を確信せねば貫徹し得ない。「BLACK LAGOON」の登場人物たちのスペックと物語論理内における特権性は高いが、全能性を担保しうるほどではない。
また、コードによって世界の秩序化を図っている以上、自らのコードと相容れない存在は排斥されなければならない(双子編、日本編辺りを参照)。さらに云えば、混沌とした「世界」へのルサンチマンが、コードのベクトルを殺伐とした方向へと向けさせている。

 >コードの解析が「BLACK LAGOON」の作品理解の中核 
 これは目から鱗。ページの外でメタな話だったのね。