"オタク認定ってただの視点でしかないような気がする "

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最近、気になるのは、自分が知らない事、メジャーではないマイナーことに詳しかったりするだけでオタク認定して、自分を正当化しているだけじゃん、という風潮が強い事である。
オタク認定は、ファクトではなく、ただの表現方法の違いに過ぎない気もする。
表現の視点からオタク認定の表現を分類してみる。
ファクトは同じなのだけれど、表現や微妙な違いだけで、オタク認定されている気がする。

・イタリア製のフェラーリ相当のバイクに乗っています→DQN
・日本で10台くらい存在せず、カタログにも出ていない限定モノのマトリックス完全再現モデルのDucatiに乗っています→オタク

アウディTTに乗っています→DQN
・発売の1年前に予約し、横浜市で一番早い納車でした。左ハンドルで6速マニュアルです→オタク

(中略)

・携帯電話のメールを常時チェックしています→DQN
・携帯電話を常にマナーモードにしていて、Bluetoothのヘッドセットを常に耳につけているので、会議中に突然、電話相手と関係ない話をはじめます→オタク

吉野家では、ツユだく特盛りを注文します→DQN
吉野家では、ツユ抜き特盛りを注文します→オタク

オタク認定って、ただの表現のしかただったり、微妙な差異でしかない気がする今日この頃。

 要するに、世間では軽い気持ちで「オタク」と称している話。
 えーと、世間では、回転砲塔のついた装甲戦闘車両を"戦車"と称し、MBT=戦車と考えるマニアとかオタは揶揄するが、そういう話。


 オタにとって、オタファクトが重要なのか、オタスピリットが重要なのかは興味深い問題。同じファクトでも、オタスピリットを持って実現するのがオタで、興味本位でやってくるのがサブカルで、なにも考えてなければ一般人とかDQNとか。