固体と液体と気体と

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http://d.hatena.ne.jp/Su-37/

なにかを教えるときに、上位概念や下位概念が必要な場合、どうすればいんだ。
という話。分子という概念、そして分子結合の状態によって、気体っぽかったり、液体っぽかったり、固体ぽかったり、セミっぽかったりすることが前提なのだが、それを小学生にどうやって説明するか、という問題。

「分子、っていうものは、温度が上がると、活発に動き出すんだ」
 わたしの"先生"は言った。
「ほら、みたまえ、あの集団を」
"先生"が指で示した方向、小さな広場には、生徒の一団が見えた。学校の行事、らしい。クラスごとに整然と並んでいる。
「きちんと並んでいるね。あれが、固体という状態だ。格子は崩れず、配列は動かない。」
 わたしは言う。
「でも、あのへん、隣のヒトとおしゃべりしてますよ」
「分子運動という奴さ」
 引率の話は終わり、小さな小集団(RR)に分かれていった。画板を持っているところを見ると、写生会のようだった。それぞれグループごとに写生場所の相談をしているのではないか。
「では、これはどうかな」
「液体、と言うにフサワシイね」
 わたしは、ちょっと気取った口調で答えた。
「固体とくれば、次は液体でしょ」
「そう。分子のエネルギーが高くなると、整然とまとまらず、流動性のある状態になる」
 広場では、生徒たちが広場のなかで、歩き回って群集を形成していた。
「そろそろかな」
 引率が、大声でなにかを宣言する。すると、皆、それぞれ選んだ場所へと散っていった。
「気化したね」
「うん、そうですね」
「かくて、体積は膨張した、のだった」
 公園に、生徒たちは広がっていった。


「また、誰か来ましたよ」
 また、集団がやってきた。
「どこの学校かな」
「あの制服は、えーと」
 記憶のどこかから、学校名を引っ張り出した。
「分子間力の弱そうな学校だね」
「ええ」
ぞろぞろ歩いている集団を、何人もの教師が監視をしている。竹刀を持つのが相応しそうな体格をしていた。整然と、というには程遠く、ダベりながら、そう。
「圧力を掛けると、それでも液体になるんですね」
 わたしは笑った。
 教師達がメガホンで命令し、彼らはしぶしぶ整列した。目的、注意事項、集合時刻などを説明したのち、各自の移動を指示した。その声が終わらないうちに。
「…もう誰もいない」
「わいわいと緩い集団をつくる間もなく」
「昇華しましたね」
「さて、気づいていたかい?」
 "先生"は、教師しか残っていない広場を見ながら、わたしに言った。おそらく、また、口の端をゆがめているのだろう。
「先生の目を盗んで、ばっくれたのがいましたね」
「そう。揮発性の高い分子は、固体の中からも昇華していく。だから」
「だから、冷凍していても食べ物の風味が落ちる、のだった」
ヘンなところで文章を区切って、言葉を続けた。
「分子間力の強い人、弱い人、沸点の高い人低い人、人間色々だねぇ」
 "先生"は、どこか人事のようにつぶやいた。
 公園に、風が吹きぬける。
「"先生"は」
 その言葉に、公園を眺めていた"先生"の顔がこちらに向かう。
「どんな分子だったんですか」
 "先生"は、自分に向けられた質問に戸惑いの表情を見せるが、しかしまた、いつもの微笑を浮かべて、講義を続けた。
「私は、分子であって分子で無い。まあ、HeとかNeとかArとか、希ガスなのかな」
周期表の最後に並ぶ一族は、最外殻が閉じていて、化合物を作らないし、液体や固体にするにはよっぽど冷やさなくてはね」
 "先生"は、また公園を眺めていた。
「あのようなイオン結合もできなければ、共有結合もできなかった」 
 その視線の先には、手を繋いで歩く少年と少女の姿があった。また、子供を連れた夫婦の姿も見られた。
「そして、ほら、金属結合の素養も無かったんだ」
"先生"は、バスケットボールで戯れる一団を指した。
「あのボールは、きっと自由電子かな」
 "先生"は、可笑しそうに笑った。しかし、わたしは、つられて笑ったりは、しなかった。
(続く?)