うーん。リスクは確率で評価できるけど、個人にとってみれば0か100か。稀なことだって起こるときは起こるし、その逆もある。
ただ、情報化と動物化が進んだポストモダンな現代、リスク評価は政府によって結構行われている。不運、言い方を変えると「損害をもたらす事件・事故」に対する被害者の落ち度、はどの程度か、過失相殺がどれだけ適用されるのか、という話になると、やはり、「警告を無視した行動をとったかどうか」、かなあ。
もちろん、道義的な責任と、社会的、経済的責任というのはまた違うけど。
・雷にうたれるのは不運
・雷のなるゴルフ場で、係員の制止にも関わらず、プレイを続けてビリビリしたゴルファーは自己責任。
・でも、保険は割り引かれないかな。
・病気になるのは不運。
・ワクチンもクスリも用意しないまま、アフリカで熱帯病に罹るのは自己責任かなぁ。
・でも、保険はおりるかも。