"「1世帯あたりの国防費負担、15年で613万円」"

 現政権が戦時作戦統制権の単独行使および自主国防に向け進めている「国防改革 2020」計画に基づき、2020年までに韓国国民一人当たりが負担しなければならない国防費は約1250万ウォン(約153万円)に上ることが分かった。

 4人家族を基準とした場合、1世帯当たり5000万ウォン(約613万円)の税金を向こう15年間にわたり自主国防の達成のために支払わなければならない計算だ。

 それだけではなく、戦時の統制権が米国側の方針通り2009年に韓国側に早期移譲される場合、「国防計画 2020」に伴う国防費の支出計画も前倒しされ、2009年の国民一人当たりの国防費負担額は現政権の発足前(2002年水準)に比べ2倍以上に膨れ上がる見込みだ。

 本紙が国防部、企画予算部、国会国防委、民間軍事専門家らとともに推定したところによると、政府が2020年までに621 兆ウォン(約76兆円)を投入するとしている国防改革案を通じ負担しなければならない国防費は国民一人当たり1250万ウォン(統計庁の2013年の推計人口を基準とする)と分析された。 --http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/29/20060829000063.html

 自主防衛にはお金がかかる、という話。
 えーと、

  • 周辺国家の戦力を推定し(このへん、サイエンス?)
  • 政情より、脅威度を分析し(このへんは、社会学?)
  • 脅威とされる戦力に対抗するため、どれだけの軍事力を要するかを議論し(このへんは、政治?)
  • 必要とされる戦力を、どういう手段で実現するかを考える(このへんは軍事?)

 こんなステップを考えてもいいかも。

 それより、「ペンチ一本2万円もするような軍隊は、敵国より悪い!」みたいなメタ議論のほうが楽しいけど。
 あとは、軍があるから攻めて来るんだ、とか、無防備都市宣言とか。
 ソウル無防備都市宣言とか、だれか薦めてあげたらどうかしら。

韓国は米軍撤退を歓迎?反対?

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/30/20060830000002.html

 米国の韓半島朝鮮半島)専門家であるジョナサン・ポラック海軍大学教授は28日、テレビのインタビューに対し「(前日に)ラムズフェルド国防長官が『北朝鮮は韓国にとって軍事的な脅威とはならない』と話したのは、在韓米軍の縮小、あるいは再配置を示唆したもの」と話した。ポラック教授は、「(ラムズフェルド長官が)韓国軍の能力が強化されていると高く評価したのは、韓国軍に韓国防衛の責任を負わせるため」と解説した。

一マスメディア(による一個人の発言)を、国の総意のごとく、こう、紹介するのはアレですね。
9条を(以下略

世界トップクラスの兵器体系 日本軍事力の実態

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/03/31/20050331000067.html
韓国からみると、日本の軍事力は脅威。


 多くの国は、平和を望んでいるけれど、「自分が悪と認定した国を懲罰する軍事力を残しておきたい」国、「植民地、旧植民地、植民地みたいな地域、を軍事的に制圧しておきたい」国、「自国の反政府勢力を軍事的に制圧したい」国、こういう国が残っていると、隣国はその軍事力に対抗する武装が必要になり、以下続く。
 また、民主化が遅れていて、政治参画の十分でない少数勢力は、非民主的な手段に頼らざるを得ず、以下続く。

中村氏の発言。

http://www.ohmynews.co.jp/News.aspx?news_id=000000000119

スライドを使い、22年間の活動を一気に話してくれた中で印象に残った言葉は「どんな権力も嫌いだ」「日本は破局に向かっていると断言できる」「憲法9条が日本を守ってきた」「世界は情報コントロールされている」「対日感情はよかったが、最近は逆行している」「ブルカは文化の違いだ」「9・11の犯人とされるものの中にアフガン人はいない」などだった。

 タリバン寄り、とも言われる氏の発言。

塹壕@wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%B9%E5%A3%95

なお、映画等の描写では手榴弾が大の大人を数mも吹き飛ばす事があるが、これはあくまで演出で、実際の手榴弾にはそこまでの威力はない。(特に「パイナップル」等と呼ばれる小型のものにはない)。実際には爆発自体は大人1人を僅かに浮かせる程度で、むしろ爆散する破片による負傷が主である。(手榴弾の項を参照)。塹壕内に掘られた穴は破片対策のもので、数十cm〜1m程度の穴に手榴弾を落とし込めば、周囲の人間が負傷することは無いとされている。


塹壕を描いた作品には、これがあるので、是非だれか追加してあげてね。

ザ・トレンチ 塹壕

監督 ウィリアム・ボイド

 第一次大戦下の仏ソンムで、英国軍がドイツ軍に大規模な攻撃を計画。地下に掘りめぐらされた塹壕で、ビリーら新兵は攻撃命令を待つ。ドイツ軍が巧妙に攻撃してくるなか、重い空気がビリーたちに広がっていく。--http://movie.www.infoseek.co.jp/roadshow/title/mo0789/


 オタクと知識の集積についての記事も時折目にする。最低限、wikipedia2chまとめサイト程度の知識が無いと、自力での集積の意味は薄いので、wikipediaを編纂する側と、読む側の二極分化が起きるのかな。それとも、全般的な知識水準の向上が起きているのかしら。

「本好きのナンパ場」

自動車社会のアメリカでは、「通勤途中で時間つぶしに本を読む」という習慣がない。(そういう意味で、日本の「本」の役割を果たしているのがアメリカの「ラジオ」。)なので、本は本好きの人のためのもの、という感じが強い。(なので、大衆娯楽的有象無象的面白い超ジャンルみたいなものが中々ない。SFといったら宇宙人とかナノテク、純文学と言えば愛と青春と老化と孤独、みたいな傾向が強い。)--http://www.chikawatanabe.com/blog/2006/08/post_9.html

ちなみに、Kepler'sは「本好きのナンパ場」としても機能している。
「あ、その本、面白いですよね」
みたいな会話から出会いを生み出すという、老若男女の真摯な試みが日夜行われている場所なのだ。(これホント。平日夜、土日など試すあるよろし)。--http://www.chikawatanabe.com/blog/2006/08/post_9.html

235 Name: イラストに騙された名無しさん [sage] Date: 2006/08/30(水) 01:10:03 ID: UAkfCGC2 Be:
更新

ゼロの使い魔
 2006年07月頃*1  *90万部(8巻)  11.3万部/巻
 2006年08月頃*2  125万部(8巻)  15.6万部/巻

ソース
 *1
  ttp://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/manga/manganews/news/20060721org00m200072000c.html
 > 原作はシリーズ累計で90万部を超えた人気作。

 *2
  ttp://www.zero-tsukaima.com/info/index.html#thankscam(更新日:2006/08/29)
 > 小説は125万部突破とミリオンブレイク中の『ゼロの使い魔』。--bbs2ch:thread:http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1144137373/l50

本をスキャンする話

1日3,000冊で、10日分が滞留するので、平均30,000冊が本棚に。しかも毎日3,000冊の出し入れ、運搬。まるで、毎日引越ししてるようなもんだよ。

 昔、PC関係のカタログを展示会で貰ったことがある。分類してしまっておいた気もする。結局、カタログを紙にしろ、PDFにしろ、楽しみの為にローカルに保存する、という習慣は無くなっている。
 入手性の悪い、同人誌、18禁漫画に関しては、デジタルデータでの非正規流通が進んでいるらしい。ある日、秋葉原駅の通りを挟んだゲーセン地下の書店で、これはデータ持っているから買わなくていいよ、と大声で話す集団を目撃したことがある。せめて小声で話せよ。そういうことは、同人誌だけかと思ったら、文庫本をスキャンして、PDAで持ち歩く話も2chで見かけた。2chで議論しているときに、瞬時にアクセスできるわけだ。
 現在、デジタルの画像データを電波で流して、皆頑張ってローカルでエンコードしてHDDに格納し、デコードして視聴している。音楽は、エンコード済みのファイルのネット配信が普及している。数年後、PDFで絶版文庫が売られる時代になるのだろうか。それとも、全国の何十台かのスキャナーが、同じ文庫をスキャンしているのだろうか。

まぶらほ―もっともっとメイドの巻

 先日読んだ。
 セルフパロディーみたいな内容で、もとの作品もアレなのだけど、結構気に入っている。
 アクションを描く場合、リアリティーの水準が難しい。
 シリアスな作品で、敵キャラが盛大に味方陣営を殺害しておいて、後で馴れ合ったりするのは結構気に入らない。主人公一味はともかく、恨みに思う奴はいないのかと*1。また、あちこち爆弾を爆発させ、機関銃を乱射しながら、精々かすり傷、というのもアレ。
 もちろん、コメディーとか(こち亀みたいな)、ギャグ(ボボボーボ・ボーボボ、みたいな)、ではそんなことはない。
 で、この作品、魔法が背景にあるし、死んだ人間が生き返るし、コメディーだからそのへんはどうだっていいのだけれど、細かいところがよく考えられている。ヘリが盛大に撃つロケット弾はスタングレネードのような威嚇用な特殊弾等らしいし、撃たれた戦車も爆発せず、各坐するだけだ。きっと、キャタピラを撃ったのだろう。そんな感じで、恨みっこ無しの戦争ごっこと安心して読めた。最終的には、魔法でカタがつけられるし。

*1:もっとも、自国の無差別爆撃を主導した人間に勲章を与えたりする国もあるので、実はそんなものかもしれないけど

主人公がヘタレなライトノベル

http://d.hatena.ne.jp/kim-peace/20060828/p13
があったけど、そんなにヘタレかな?


↓比較対象


伊藤誠
鳴海孝之

黒崎崇
宮本浩
空也
人見広介
藤井冬弥
鍋島志朗
木田時紀
丘野真
桜乃樹
藤代尚

平均7.77km毎時

 スポーツジムのランニングマシーンで走った事のある人なら分かると思いますが、7.77キロと言ったらかなりゆっくりなペースです。早歩きとジョギングの分かれ目にあたるスピードと言えば分かり易いでしょうか。うっかり普通に走るとゴールに早くつきすぎてしまうかも知れません。--http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2379132/detail

凄い算術。この算数能力があれば、皇軍の参謀になれるのではないか。
↓参考

我らが皇軍の実際:山本七平氏の戦場描写

http://d.hatena.ne.jp/odakin/20060827#p2

 A級戦犯合祀当然とかいってるウヨ坊はいっぺん我らが皇軍というのが実際の所どういうものだったのか知るためにも是非是非これを読んでみてください。プロ市民の書いたものじゃなくて(物凄いアレな言い方をすれば)大東亜戦争にフィリピンのルソン島で砲兵として従軍し戦後は保守反動(笑)右翼評論家として諸君!なんかを主戦場として本多勝一なんかと戦ってた人の本ですよ!

「六キロ行軍」とは、一時間の行軍速度が六キロの意味だが、これは小休止、大休止を含めての話だから、大体がかけ足になる。演習では一割から二割は倒れることを予定してやるわけだが、戦場では落伍兵はゲリラの餌食だから、「死ぬまい」「死なすまい」と思えば、文字通り蹴っとばしても張りとばしてもあるかせなければならない――これは「活」であって、前にかいた私的制裁とは根本的に違う。そして実をいうと、「活」を入れられている者はもちろん、入れている者も、目の前がくらくなっていて、半ばもうろうとした状態なのである。

ところが、これらは日本軍の基準では普通の状態で、戦闘という極限状態でもなければ、敗退・全滅という最悪状態でもない、日常の行軍なのである。しかし世界的基準で考えれば、当時の世界でも、この状態そのものが、到底考えも及ばぬ残虐行為だったのである。

 それは「バターンの死の行進」によく表われている。炎天下の強行軍で、米比軍の降伏部隊がバタバタ倒れた。「なぜ車両を使わず、かかる想像に絶する残虐行為をしたのか」というわけで本間中将が銃殺刑になったわけだが、日本軍の基準ではこれが普通の状態で、日本兵自身が炎天下にバタバタ倒れながらの強行軍を強いられていたわけである。従って当時の日本軍の将軍たちは、当時の世界的基準でみても、全員銃殺刑にされて然るべき残虐な行為を、日本軍の兵士に対して行っていたことになる。

当事者だけの中東戦争

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/a/45/05.html

 だからわたしは「2000年前の状態に戻して当事者だけでやったら?」と提案しているのだ。そして、とことんまでやってもらうのである。そうすれば、そのうち「死ぬのが嫌だ」と考えを変えるのは目に見えている。その段階に至ってやっと話し合う素地が生まれるのだ。イスラエルだって、米国の支援がなくなり兵器・弾薬が枯渇すれば話し合いに応じるだろう。

 兵器が無くなっても、原材料を供給すれば、イスラエルは一通りの兵器が作れた筈。半導体もね。
 ロシア製の対戦車ミサイルを使い果たしたら、メルカバが大手を振って中東を制圧できるね。
 そうしたら、中東諸国も戦車を自力開発するのかしら。
 箱庭大戦争

私の同級生は酒酔い運転に轢き逃げされ、さらに後続車両に轢き逃げされ、死んだ。そして加害者は執行猶予という判決だった。下記文章を参考にすると、飲酒運転の重い罪刑が原因となった可能性がある。

さて、飲酒運転により人身事故を起こすと、普通の事故よりも重い罪になることを加害者は知っています。だからそういった事故が起きた場合、事故後に介抱したり救急車を呼んだりせず、逃げ延びようとする者が出ます。悪質なケースでは、その後に大量に飲酒し、事故時は素面だったが事故後に飲酒したかのように証拠隠滅を図ろうとする者もいるとのこと。さて、もしこれが素面での事故であれば、加害者は逃走しなかったかもしれません。過失による軽い罪だけは覚悟した上で、人道的に処置を行い、そのおかげで被害者が生存できた可能性もあります。つまり、ただの過失事故と飲酒による過失事故では刑罰に大きな差があるため、死ななくてよい被害者が死んでしまったというケースを想定できるわけです。

しょせん可能性を重ねての推論ではあるけれど、事故や犯罪が起きるにつけてとにかく厳罰化によって防げると主張する輩にも、そのような可能性を念頭において議論してもらいたいと思います。--http://d.hatena.ne.jp/rajendra/20060830/p1

 ああ、つまり、飲酒による轢き逃げが、もっと罪が軽ければ、私の同級生も轢いて直ぐに通報され、病院に運ばれ、助かった可能性がある、のね。可能性を重ねての推論。轢き逃げされた挙句、執行猶予刑であって、彼の母親はかなり参っていたけれど、ということは、法改正前の話になるのかな。
 加害者は自営業で、つまり免職も停職も懲罰はなく、しかも当時、業務上過失致死、の最高懲役5年、それでもって轢き逃げされた。逃走せず、人道的な処置を行なわせるためには、どのくらい刑を軽くすればよかったのだろう?