さらに続き。ニコニコと。

程度問題

 出来事は、程度問題であって、「休み時間に友達と遊びに行く」ことを、排除と問題とすることだってあるだろうし、集団暴力を躾と称することだってあるだろう。どちらも、社会通念を越えた解釈だと思う。
 さて、ある発言者の一部を大写しにし、揶揄のコメントを行う出来事はどうだろうか。一般的な会議からは逸脱しているが、学校や会社のように、閉鎖的な空間ではないし、暴力を振るわれたわけではない。お笑い番組の撮影、のように出演者が明示的/暗黙のうちに了解しているわけでは無いが、政治討論会でもない。
 発言者に、社会通念上不愉快とされる行為を与えたことに、強いラベルを貼ると、それはそれで逆襲のネタになるかもしれない。


 で、ではどうすれば良かったか、と考えてみた。多分、普通の政治討論会(日曜朝のね)の如く、普通のカメラワークをするべきだったのだろう。そうしても、身体的特徴を揶揄する書き込みに溢れたかもしれないが、それは仕方がない(≠許容すべき)かな。そこを出発点として、よりよい(≠清潔とか、倫理的)ニコニコを目指そう、そんな感じ。


 うん。非対称性な話。

対称性への言及は、こちらが素晴らしい。

http://d.hatena.ne.jp/hatebu_music/20080708