ちょっと釣られてみる

http://megalodon.jp/?url=http://d.hatena.ne.jp/hakuoh/20061209%23p1&date=20061209200101
大まかな話は、フィクションの倫理性、と解釈するけど。


 ハルヒの「ライブアライブ」で京アニは、ハルヒの表情を、ちょっと気持ち悪いまでに歪めていた。他の多くのアニメのように、カッコイイだけの演出も可能だし、そっちの方がラクだったと思う。また、KANONの原作でも、退行した真琴は、美しく、無邪気に演出されていたにもかかわらず、TVアニメでの真琴は、ちょっとイヤっぽい演出がされていた。秋子さんも、一瞬戸惑った顔をみせていたような。勿論、「天使のような」キャラクターに描くことも可能だったろう。あ、AIRのアニメでも、発作を起こした観鈴はイヤっぽい表現だった。
 別に、他の京アニ作品を見なければどうたら、という話ではなくて、人間であることに起因する、ある種のノイズをどの程度まで表現するか、という問題があって、それは好きにすればいいんじゃ?というのが私の考え。AIRでは翼人の呪い、KANONでは奇跡とか病とか、そういうモチーフを取り入れることの是非がある*1けれど、それも好き好きでいいんじゃ?と思う。製作意図と、演出が乖離しているなら批判の対象となるとは思うけど。


 …相変わらず安い魚な私。

*1:そして、病をリアルに描くほうが倫理的か、リアルに描かないほうが倫理的か、という問題も付随する