"なぜエロマンガはエロゲーのような批評の対象たりえないのか?"  の反応

http://sekai.bblog.jp/entry/235929/

http://www.high-octane.org/

 こうしてみると、「エロマンガが批評の対象となっていない」というのは端的にミスリーディングでしょう。ただエロマンガ批評とエロゲ批評の方向性がかなり異なっていることは言えそうです。エロゲ批評は作品そのものの中身に言及されやすく、エロマンガ批評は社会との関わりの中で言及されやすいという違いは大きいように思います。

(社会との関わり:フェミとかジェンダーとか)

批評とは単に作品の「内容」について感想を語るのものではなく、対象ジャンルの普遍的「形式」にまで分析が及ぶことを要求される。エロゲの「インタラクティヴ性」とか「マルチエンド」という「形式」を追究するのは正しく批評と言える。そのような観点においては、マンガ批評はここ10年来の急速な表現論の展開によって一定の水準に達し、改めてマンガの「形式」を問う動機が低下しているように見える(あるいは、マンガ家の表現形式の追究に批評家の語彙がもはやついていけないというかついていく社会的意味を見いだしにくいと言った方がいいか)。一方ゲームに関しては、「ゲーム脳」といったトンデモ論が幅を利かせる程度には表現形式についての合意は成立しておらず、創造性が介在する余地が大いに残っている。

(以下、再掲)

http://d.hatena.ne.jp/mae-9/20051009#p1

そもそも一〇年くらい前までは、オタク向けポルノの批評といえば永山薫氏あたりを中心にしたエロマンガ批評のことだった、ということがその指摘に際して忘却されてるっぽいんだよね。


http://d.hatena.ne.jp/kyoju/

批評の俎上にあげられやすいことと、批評に値することとは別問題。


追加:
http://hikikomori.chu.jp/blog/#day20051011

何が違うのかという話なんだけど、エロマンガとエロゲをくっつけて考えるという思考が、こんだけエロマンガもエロゲもやってんのに言われるまでわいてこなかった事にちょっと吃驚したので。