越境について

なるほど、これまで外部には不可視だったライトノベルは、いまや全く無視できないものになってはいる。だが、「越境」という言葉が読み替えられることによって、「ライトノベル=特殊文芸/一般文芸」という垣根がかえって強調されるという逆説的な事態も生じている。作家が垣根を越えるとき、垣根の内側にライトノベルは取り残されるのだ。ライトノベルの「発見」が一段落した今、ほんの数年前には大きなうねりとして感じられた既成の枠組みの揺らぎはすっかり影を潜め、文芸マップのごく一部にこぢんまりと位置づけられた領域に「ライトノベル」というレッテルがべったりと貼られたままになっているのではないか。漠然としたイメージで言っていることだから、説得力のある根拠を示すことはできないが、制度化された「ライトノベル」の世界は、この言葉が一般化する前よりも、より窮屈なものになっているような気さえする。

その「窮屈さ」の主因は出版業界や文壇などの固定観念に求められようが、読者の側にもあるのではないだろうか?

あなたはライトノベルと一般文芸の間に壁を作って選別してはいませんか?

http://d.hatena.ne.jp/trivial/20080120/1200763445#seemore

2004年9月の、自分の見解。日記の中で「越境」という言葉が検索された最初のエントリ。

 ただ、こういう境界を乗り越えて越境が発生する段階が一番面白いのかもしれない。一度、境界が無くなると、周辺で生まれたものは中心に吸収され、祭が終わったあとは、また静かな周辺が戻る、そんな感じかな。

http://d.hatena.ne.jp/REV/20040913/p1

ああ、そうだ。「sfでもファンタジーでもないし、超常要素もないよね。こういうのはね、ライトノベルじゃ売れないんだよ」とか言ったのは電撃の担当さんじゃないっす。電撃じゃなきゃ(というか、今の担当さんじゃなきゃ)、毛布おばけとか半分の月なんて出せなかったんじゃないかなあ。そこら辺、電撃はすごく自由で、編集長なんて「うはは、なんでもやっていいぞ。好きにやれ、好きに」とか言ってるし。担当さんは、今でもこう言ってくれてます。「売れようが売れまいが、毛布おばけは出せてよかった」というわけで、猫泥棒、頑張るっす。せめてもの恩返しに。

http://home.att.ne.jp/theta/bobtail/diary.htm

http://d.hatena.ne.jp/REV/20050322/p5
に転載した文章を再掲載。



越境のメモ。
http://grev.g.hatena.ne.jp/keyword/borderlesswriters