中国の医療事情

https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/rim/pdf/2733.pdf

中国では、350万に達する医療機関の95.2%が「非営利」であり(2006年時点)、運営母体は政府、また、医師は公務員というのが一般的である。しかし、医療機関の収入に占める補助金の割合は2割に満たない(Hong and Xiaolin〔2006〕)。経営の良し悪しは患者からいくら徴収出来るか、そして、医師の処遇も収益への貢献度によって決まる仕組みになっていることから、多くの病院で過剰診療が横行することとなった。過剰診療は、中国に限らず「出来高払い方式(fee for service system:FSS)」を採用するほとんどの国で見られる問題である。中国では医師の給与が極端に低く抑えられていること、また、基本的な医療に対する診療報酬がコストを下回る水準に設定されていることから、問題は過剰診療にとどまらず、医師のモラル崩壊に発展した。それを実証する事例は多い。

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例えば、コペンハーゲン大学の調査は山東省のある病院に肺炎で入院した患者が、入院から死亡するまでのわずか22日間に171 種類の薬剤を処方されたことを(Hougaard, Osterdal and Yu〔2008〕)、また、英紙フィナンシャル・タイムス(注10)は、現地のジャーナリストが患者を装い10カ所の病院を訪問し、尿検査で尿の代わりにお茶を提出したところ6つの病院が「潜血」があるとして薬剤を処方したことを紹介している。
収益向上に対する強いインセンティブは、医療機関の都市集中と医療のサービス化に拍車をかける原因にもなっている。
中国では純金融資産が100万ドルを超える富裕層は42万人に達するとされ、アジアでは日本(151万人)に次ぐ規模である(注11)。
富裕層に特化した医療は高い収益性が見込めることから、都市の大型医療機関の中にはホテル並みの設備を整えることで顧客の取り込みをはかろうとするところも少なくない。

検査についても同様で、病院は競って最新の検査機器を導入し、利益を上げるために不必要な検査を行っているとされる。
政府は、 2005年に大型医療機器を使用した検査・治療費用の引き下げを求める意見を出したとされるが(窪田〔2007〕)、医療費に占める検査・治療費の割合は上昇しており、意見が尊重された形跡はほとんどない(図表5)。
そもそも、大型の最新設備を用いた検査・治療費に政府が介入することは難しい。
設備がもともと高額であるため、その費用はどうしても高くなるからである。
これを引き下げるには補助金が必要になるが、限られた資源を被益者が限定される分野に投入する妥当性は決して高いとはいえず、政府としては二の足を踏まざるを得ない。
日本の医療費に占める薬剤および検査費は、欧米に比べて高いとされるが、それでも医療費全体の27.8%、11.2%を占めるに過ぎない(注12)。
中国では日本のように診療行為が詳細に分類されていないため厳密な比較は出来ないものの、前者が43.2%、後者が 34.9%を占める。
医療が算術に堕落した感は否めない。
しかも、この状況は1990年代から続いており、一向に改善される様子がない。
医療費高騰の背景に医師のモラル低下があることは間違いないが、それは医療政策によってもたらされる当然の帰結ともいえ、問題の根は深い。