「泣き言は認めません」→「じゃあ、いいです」

http://med-legend.com/mt/archives/2006/10/post_967.html

医師たちがその狭い世界で、自分たちの努力を社会が正当に認めないという泣き言をいくら言おうと、それを社会が認めることはないでしょう。


http://sword.txt-nifty.com/library/2006/10/_19__d498.html

大阪府の男性産婦人科医 ( 三八 ) は昨年十二月、出産した母親の死亡事故をきっかけに、産科の診療所を辞め、お産を扱わない診療所を開いた。


亡くなった母親は後で死亡率の高い羊水塞栓症だったことが分かったが、直後には医療ミスを疑われた。遺族から殴られ、警察では六時間も取り調べを受けた。


http://sword.txt-nifty.com/library/2006/10/_19__d498.html

大阪府の公立病院勤務が長い産婦人科の女性医師 ( 四一 ) は、外資系の製薬会社への転職を決めた。緊急手術など臨床現場での経験は約十五年。当直明けで翌日も仕事をする三十六時間勤務などもこなしてきた。


転職を決めた理由は忙しさではない。「忙しくても収入が悪くてもやっていける。でも寝ずに働いて、患者から暴言を浴びせられたり、訴えられたりするプレッシャーの中では、何のためにやっているのか分からなくなる」

http://d.hatena.ne.jp/reservoir/20061031 より)


 んー、ぶっちゃけ、自分の限界を超える要求を出され、それが実現しないときに発生するのが泣き言であり、愚痴で、それを言った瞬間に「愚痴をいうな」「能力不足だ」「いやなら辞めたら」「自分のレベルアップをはかれ」、と空き缶を投げられる。みんなで、負担を共有する、もしくは共感を示し、精神的付加を減らそうとする場合もあれば、そうでない場合もある。
 で、どうなるかというと、田舎の医療崩壊について、2chでは「嫌なら都会に出て来いよ」と空き缶を投げられているわけです。