茶髪と弁髪

茶髪を注意され、卒業式への出席を拒否された話
http://d.hatena.ne.jp/CUTPLAZA-Tomo/20090315


こういうのを読むと、弁髪を思い出す。

満州族女真族)が清朝を樹立(1644年)すると、敵味方の区別をするため順治帝の摂政ドルゴンは漢民族にも「薙髪令」を1644年と1645年に出し、辮髪を強要した。儒教では毛髪を含む身体を傷つけることは「不孝」とされ、タブーであった。そのため、漢族は辮髪導入に抵抗したが、清朝は辮髪を拒否するものには死刑を以って臨み「頭を残すものは、髪を残さず。髪を残すものは、頭を残さず」と言われた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%AE%E9%AB%AA