法律は法律。

「法律が間違っているんだ!」と発狂をするのならまだしも、「これは、日本の文化では断じてありません」って何だそれ。「日本の文化」ってのは、何か功績のある人なら、ある程度の法令違反は良いということか? 法治国家における法令違反は純粋に法令違反なんだけど。

http://s19171107.seesaa.net/article/64509904.html

やっぱり、動作主体の素行によって負うべき法的責任を変えたがるのは日本人の文化であり民族性なんですかね。「刑事裁判を見る上での視点の養成」以前に、「それはそれ、これはこれ」という視点を養成しないといけないのかもしれません。

杉原 千畝(すぎはら ちうね、SUGIHARA "Sempo" Chiune、1900年1月1日 - 1986年7月31日)は日本の官僚、外交官。第二次世界大戦の際、外務省の命令に反してユダヤ人が亡命できるようにビザを発給し、ナチスによる迫害からおよそ6000人にのぼるユダヤ人を救ったことで世界中に広く知られている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%8E%9F%E5%8D%83%E7%95%9D

「それはそれ、これはこれ」という視点の要請に失敗した例。

ベルリンの壁」を国境としてドイツが東西に分断されていたころ、西ドイツへの亡命者を東ドイツ国境警備兵が射殺した。そのことについて1992年、統合ドイツの裁判所が判決を出した。元国境警備兵は、命令にしたがって射殺したにもかかわらず有罪とされた。
 朝日新聞(1992年2月15日)によると、裁判所は、当時の法(東西分断時の東ドイツの法律)の有効性は認めながらも、
「命令にどう応じるかは、普遍的な『人間の掟(おきて)』を判断基準にすべきだった」
 としたそうだ。朝日新聞はこう書いている。
「たとえ軍隊のような組織にあっても、自分の良心に照らしてなにが大事かを確かめねばならない、との判例がすでに50年代に憲法裁判所などで出ている」

http://www008.upp.so-net.ne.jp/ko-tu-ihan/LIBRALY/LIBRALY_ihan-wa-ihan.htm

 狙い撃ちするまでに、呼びかけや警告射撃といった段階があるような印象ですが、亡命した国境警備兵らの証言によると、隊内では「呼びかけや警告射撃が間に合わず、亡命者が壁を越えてしまいそうな場合は、最初から狙って撃つように」命令されていたといいます。しかも、その判断は現場の兵士達に任されていました。というのも、亡命者を見つけた時点で司令部にいちいち指示をあおいでいる時間などないからです。その間に亡命を許してしまえば、警備兵が責任を問われ、下手をすると裁判にかけられ懲役刑を課されることすらありました。

http://www.mauer.jp/info/info02b.html

 撃つと有罪、打たないと懲役。ジャングルは地獄に思えるけれど、それは俺が物事を皮肉的に解釈するからで、これも、きっと、良いダブルスタンダードなんだろう。