理念の欠如

「失敗の本質」では、数々の失敗の本質は理念の欠如じゃないか、って書いてあった気がする。



 施策の正当性を「理念」や「国民の支持」ではなく、決定それ自体に求めることがしばしば発生しているような印象がある。すると、「疑義は『決定』の信頼性を揺るがす」という結果になり、検証やトラブル対策自体が退けられてしまう結果になり、理念を達成するために個々の施策を再検討・中止することが困難になる。


 これ、第二次大戦の敗戦で政府の信頼が一部で失われ、「安値で絶対安全なら許容する」「安く、絶対安全です!(※じつはウッソー)」の繰り返しがいまに至っている印象はある。で、「安全装置を追加しよう」「絶対安全なので追加する必要はない(※絶対安全じゃなかったのがバレるじゃないか)」っていうオチに。



 でもまあ、政府は「広い国民の支持を受けなくても小選挙区制だからヨシ!」「理念があっても、国民は理念に税金払わないのでなくてもヨシ!」というオチになってる。