私という、議会制民主主義国家

我々のほとんどは、何かをする時に、まず「何かをしよう」と意識し、それを行動に移すのだと考えている。これが、能動意識仮説。ところが、最近その逆と考えた方がつじつまがあうという研究成果が多く出されてきた。まず行動があり、意識はその後で「実はそうしたかったのだ」と思い込むというものだ。これが受動意識仮説である。

http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50886561.html

 我々は、アメリカという国家を、一つのキャラとして理解している。アメリカの陰謀とか。同様に、東亜細亜諸国も、日本という国を、一つのキャラとして認識している。だけど、実際はどうであろうか。割と周縁から見ても、国会やら内閣やらで、わらわら議論しているし、視点を議会におけば、日本というキャラは存在せず、自民党と、民主党、そしていくつかの党派があるだけだろう*1
 太平洋戦争だって、帝国というキャラが、朕は戦争がしたいのじゃ、と始めたものではなく、たぶん、料亭軍国主義、昇進するには軍功が必要であり、そのためには独走してでも紛争を発生させた。もちろん、第二次世界大戦近辺の独逸、伊太利亜のように、割と独裁者に統合された政府もあれば、フランス、イギリス、アメリカのように、そうでない政府もあったと。

*1:もちろん、さらに視点を近づければ、派閥派閥が見えてくるだろう