"批判の動機を批判することの困難"

批判の動機を批判することは困難、と言うタイトルだけど

禁煙ファシズム」批判者が真に批判している(批判すべき)なのは、禁煙派の動機である。ところが、動機は直接には観察されえない。次のごとく推論するしかない。――他のアレコレは放置しといて、喫煙者ばかりを非難するってことは、動機が“病的”であるにちがいない。奴らは「タバコには害があるから」といって我々を非難するが、それはうわべだけの理屈*1にすぎないのである。

http://d.hatena.ne.jp/kusamisusa/20070413/p1


批判している。この文章を、字義通り解釈すれば、禁煙派は、うわべだけの理屈だけで「我々」を非難している、ことになる。

理屈が正しくても動機において誤ってることはありうるし、理屈が正しいからといって批判しなくてよいわけではないし、しかし批判は困難である。

http://d.hatena.ne.jp/kusamisusa/20070413/p1

禁煙派の非難はうわべだけの理屈、と記述することは、批判以外の何であるのだろうか。形式疑問文だから回答は不要です。