謝罪流行

 なんか最近、あちこちで謝罪が流行っています。私もやってみましょう。ごめんなさい。

 大手RPG最新作の件。私は、批判(批評でもいいし、罵倒でもいい)には、適切なものと不適切なものがある、と考えます。いや、どうでもいいや。ある作品に対する論評を行うのは(公序良俗に反しない限り)自由だし、その論評が適切でないと判断した場合、それに対するメタ論評を行うのも自由だと考えます。
 だから、文面から感じる、「クリエーター様の仕事に、ユーザー如きが口を出すなんて分不相応だ」という感覚に違和感を感じているわけです。ユーザーがネガティブなコメントを発表することの是非と、WEBサービスの開発者さまリエーター様の作品にコメントすることの是非は、ちょっと違うと思うのです。
 なお、匿名単発コメントによる罵倒の場合、それが本当にプレイした結果の感想なのかという疑問を排除できないですね。罵倒ジェネレーターかもしれません。


 C/Pの件。
 支払いコストを「店頭小売価格」とすればプロダクト決定的だけど、パフォーマンスはユーザーサイドに依存します。でも、一般的にC/Pという言葉を使うと、プロダクト内在性な性能と受け取られます。スタイルの違うプロダクトのC/Pの比較は、付帯条件をはっきり表示させないと意味が薄いものになります。意図的に主語と付帯条件を隠蔽し、誰かの好きなプロダクトをC/Pが悪いと喧伝し、批判を浴びた場合に初めて付帯条件を明かし、文章が読めない安いさかなである、と嘲笑するのは論理的には間違ってはいないとおもうので、お好きな方はどんどんやってください。どんどん釣られにいきます。自分も注意してこの言葉を使ったつもりですが、それでも釣ってしまいました。
 例の記事ですが、えーと、車選びに喩えてみます。
先方:「ぼくは速く走りたいから、スポーツカーがいいな」
当方:「うん。そうですね。速く走るならスポーツカーがいいでしょう。でも、人を乗せたいときは、ミニバンもいいかも」
先方:「ぼくは人乗せないから、スポーツカーでいいや」
 まあ、こんな感じのやりとりだったと思うのですが。


仮想人格Aくん:「ミニバンなんてだせぇよ。スポーツカーだよスポーツカー」
仮想人格Bくん:「おめぇ、ミニバンの良さがわからないのかよ。ミニバンってのはな(以下200行くらい略)」
仮想人格Aくん:「なにいってるんだよ。スポーツカーこそ(以下300行くらい略)」
仮想人格Cくん:「いやまてSUVは(以下400行くらい略)」
こういうやりとりも、深夜のファミレスではいいかもしれません。